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札幌地方裁判所小樽支部 平成5年(ワ)71号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、原告の被告に対する出資持分二五三九口を、原告が訴外有限会社ベーカリーショップクリハラに譲り渡すことを承諾せよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、被告の組合員である原告が、被告に対し、その出資持分を訴外有限会社ベーカリーショップクリハラ(以下「訴外会社」という。)に譲り渡すことについての承諾を求めている事案である。

一  争いのない事実

1 被告は、中小企業等協同組合法(以下「法」という。)三条一号所定の事業協同組合である。

2 原告は、出資持分二五三九口(出資額二五三万九〇〇〇円)の被告の組合員であって、被告の設置する共同施設(市場。以下「本件市場」という。)内において、藤田商店の商号で、主に海産物の販売をしている。

3 訴外会社は、パンの製造・販売を専門にしており、これまでは被告の組合員ではなかった者である。

4 原告は、平成五年四月二一日、被告に対し、原告の有する出資持分を訴外会社に譲り渡すこと(以下「本件譲渡」という。)についての承諾(法一七条一項)を求めたが、被告は、同日、右承諾を拒否した。

二  争点

本件の争点は、被告による本件譲渡に対する承諾の拒否に理由があるか否かである。

1 被告の主張

(一) 事業協同組合を始めとする中小企業等協同組合(以下「組合」という。)は、中小企業者が相互扶助の精神に基づき協同して事業を行うことを目的とし、人的結合性が強いものであるところ、組合員の地位の譲渡と同じ意味を持つ持分の譲渡は、組合の存続・維持にとって重大な影響を及ぼすものであるから、持分の譲渡を承諾するかどうかは、組合の自由裁量に委ねられると解すべきである。法は、脱退自由の原則をとる(一八条)とともに、脱退者に持分払戻請求権を認めて組合員の持分の財産的保護を図っている(二〇条)ので、右のように組合の右目的のために持分の譲渡が制限されると解しても、組合員の持分の財産的保護に欠けることはない。また、一般に、組合員が組合から離脱しようとする場合、持分を第三者に譲り渡す方法をとるのは、組合から脱退する方法よりも経済的な利益が大きいからであるが、前記原則も、脱退者に持分の払戻しより大きな経済的利益を保障するものではない。

仮に組合が持分の譲渡を拒否するために正当な理由が必要であると解するとしても、正当な理由の有無を判断するにあたっては、当該組合の人的結合性の濃淡等の実態を考慮すべきである。

(二) 被告の組合員は、いずれも本件市場内の各店舗における小売販売業のみによって生計を維持しているので、被告は、各組合員の生計維持のため、各組合員の各店舗における営業品目を適正に配分し、本件市場内に各店舗を適正に配置する必要がある。仮に本件譲渡を承諾すると、主に海産物の小売店舗であった本件市場内の原告方店舗(以下「本件店舗」という。)が、手作りパンを専門に販売する店舗に変更されることになるが、被告の組合員のうち三名が現に本件市場内でパンを販売しているので、右変更が本件市場内の各店舗の営業品目の適正な配分と各店舗の適正な配置を著しく損ない、右三名の生計の維持を害するおそれがある。被告は、右適正配分等の必要を考慮した結果、本件譲渡に対する承諾を拒否しているのであるから、右承諾の拒否には自由裁量の逸脱がないことはもちろん、仮に正当な理由が必要であるとしても、その正当な理由があるというべきである。

なお、後記2(二)後段の過去の持分の譲渡のうち、有限会社丸共まるともから有限会社大八(栗原蒲鉾店)への譲渡については、他の組合員に影響を与えないよう十分に配慮し、組合員の了解を得た上で承諾したものである。

2 原告の主張

(一) 組合は、組合員が組合に対し持分の譲渡について承諾を求めた場合には、法一八条、二〇条の趣旨からして、原則として承諾を与えるべきであり、ただ正当な理由があるときに限り、拒否できると解すべきである。また、法一七条二項によれば、非組合員が組合員から持分を譲り受けようとするときには、加入の例によらなければならないので、右非組合員は、組合に対して譲受加入の承諾を申し込む必要があるが、組合も、右非組合員を新規に出資して加入する者と同様に取り扱わなければならない。そして、加入について定めた法一四条は、正当な理由がなければ、加入を拒むことはできないと定めているのであるから、この規定の趣旨からも、組合は、正当な理由がなければ、持分の譲渡についての承諾を拒否することはできないというべきである。

右正当な理由の有無を判断するには、組合の設立目的と持分の財産的保護の両側面を考慮すべきであって、組合の設立目的のみを強調し、組合員の営業に影響を与えることだけを理由に正当な理由があると解すべきではない。また、法は、組合の承諾を条件に、持分の譲渡自由を規定しているのであって、組合員が持分を譲り渡してその財産的価値を実現することを予定し、持分の財産的保護を重視しているのであるから、正当な理由の有無については、当該組合員の財産権を侵害しないよう厳密に解さなければならない。

(二) 被告の組合員のうち本件市場内でパンを販売している三名の営業品目に照らせば、食料品ないし菓子、惣菜、豆腐類を営業品目とする組合員が、パン類を販売することに何らの制約はないから、営業品目を海産物及び食料品とする原告が本件店舗において自らパンを販売することは自由である。そして、本件譲渡後の訴外会社の営業品目も食料品となるのであり、訴外会社がパンを販売しても、営業品目に変更又は追加はない。したがって、被告主張の本件市場内の各店舗の営業品目の適正な配分及び各店舗の適正な配置の問題と本件譲渡とは関係がなく、右の点は正当な理由とはなりえない。

また、被告は、平成三年三月に貝商店から斉藤勝喜(斉藤商店)へ、平成六年九月に有限会社丸共まるともから有限会社大八(栗原蒲鉾店)へと、過去に二度、営業品目を異にする者への持分の譲渡を承諾したことがある。しかも、いずれの譲渡の場合も、譲受人の本件市場内の店舗における営業が、既存の組合員の営業と競合するものであったのであるから、被告が、訴外会社と既存の組合員との営業が競合することを理由に、本件譲渡に対する承諾を拒否することもできないはずである。

第三  争点に対する判断

一  まず、一般に、組合員が非組合員に対して持分を譲り渡そうとするときに必要な組合の承諾につき、組合がこれを拒否できるのはどのような場合であるかについて、検討する。

法一七条二項によれば、非組合員が持分を譲り受けようとするときには、当該非組合員において、持分の譲受手続のほか組合への加入手続をとらなければならない。そして、法一五条によれば、組合への加入については、組合の承諾が必要であるので、組合員が非組合員に対して持分を譲り渡そうとするときには、理論上譲渡と加入の双方についての組合の承諾が必要となる(実際には一個の承諾の意思表示で足りるものと解される。)が、法一四条は、組合員たる資格を有する者が組合に加入しようとするときは、組合は、正当な理由がないのに、その加入を拒み、又はその加入につき現在の組合員が加入の際に附されたよりも困難な条件を附してはならないと規定して加入自由の原則を明らかにしている。この原則は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「私的独占禁止法」という。)二四条の規定等に照らして、法を含む協同組合法上の基本原則であると解される。

また、持分の譲渡は、右のような非組合員の組合への加入という一面を有するとともに、現組合員の組合からの脱退という一面も有するが、組合からの脱退は組合員が自由にできるものである(脱退自由の原則。法一八条)。

これらの諸点に鑑みれば、持分の譲渡も自由であるのを原則とすべきであり、譲渡に必要な組合の承諾についても、非組合員が組合に加入する場合に準じて、組合は、正当な理由がある場合に限りこれを拒むことができるのであり、正当な理由がない場合には承諾を拒むことができないものと解するのが相当である。

被告は、組合の人的結合性を根拠に、組合が右承諾をするか否かは組合の自由裁量に委ねるべきである旨主張するが、組合の人的結合性は、組合員資格を定款である程度限定すること(法八条一項。もっとも、加入自由の原則の趣旨を損なうに至るような限定は許されないと解される。)などにより確保されるべきものと解されるので、右主張は採りえない。

そして、右にいう正当な理由は、原則として自由である持分の譲渡を、当該譲渡について拒否することが社会通念上も法の趣旨からも客観的一般的に是認される事由がある場合に認められるべきものであるが、具体的には、協同組合制度の目的、機能などのほか、個別の事情を総合考慮して決するほかない。

二  そこで、次に、本件における別個の事情について、検討する。

争いのない事実と《証拠略》を総合すれば、次の各事実が認められる。

1 平成五年三月三一日の時点で、被告の組合員数は三二名、出資総口数は七万一二三八口、総出資額は七一二三万八〇〇〇円である。

2 被告は、定款において、組合員の資格について、小売業又はサービス業を営む事業者であること、小樽市内に事業場を有すること、本件市場内において営業を行う者であることの三要件を満たす小規模の事業者でなければならない旨定めており、本件市場内での営業について、定款の他に共同店舗管理規約、共同店舗利用規約を定め、組合員の本件市場内の営業品目を組合員と被告との間の店舗利用契約に示されたものに限定し、営業品目の変更又は追加を被告の承認に係らせ、更に右契約に示された営業品目であっても他の組合員との間に競合が生じるときには被告の調整に従わせる旨規定している。

3 原告は、本件市場内において、藤田商店の商号で、主に海産物を販売している。

4 訴外会社は、小樽市内に手作りパンを専門に販売する店舗を四店舗有しており、本件店舗においても手作りパンの専門販売店を営業しようとしている。

5 被告の組合員のうち、本件市場内でパンを販売する者は、赤石喜千郎(ほていや赤石商店)、阿部悌次郎(阿部商店)、猫宮修(ねこみや商店)の三店である。阿部商店は、パン、菓子、牛乳、清涼飲料水等を販売する菓子店であり、平成五年のパン類の売上げが総売上げに占める割合は三分の一程度である。ねこみや商店は、パン、菓子、清涼飲料水、塩干物、豆腐類等を販売する食料品店であり、同年のパン類の売上げが総売上げに占める割合は三割程度である。また、ほていや赤石商店は、たばこ、酒類、食料品、雑貨を販売する店舗であり、パン類の売上げが総売上げに占める割合は三パーセント程度である。

6 被告は、平成三年三月、海産物を主に販売していた貝商店がその持分を惣菜を専門的に販売する斉藤勝喜(斉藤商店)に譲り渡すことを承諾した。当時、被告の組合員のうち、奥村修市(奥村商店)、有限会社佐藤光朗商店は、惣菜を販売していたが、右譲渡により斉藤商店が本件市場内において惣菜の販売を開始した影響を受け、現在では惣菜を全く置かなくなって、営業が不振となっている。

7 また、被告は、原告が被告に対し本件譲渡についての承諾を求めた時よりも後である平成六年九月、主に珍味を販売していた有限会社丸共まるともが、その持分を、主に蒲鉾類を販売する有限会社大八(栗原蒲鉾店)に譲り渡すことを承諾した。当時、栗原蒲鉾店は、被告の組合員のうち、福原秀昭(福原商店)、有限会社平野食品店、ねこみや商店、佐々木学(土門商店)に対して蒲鉾を卸売りしており、右譲渡により栗原蒲鉾店が本件市場内で営業を開始すれば、右四名の販売に影響を与えることは明らかであった。

三  以上に基づいて、被告による本件譲渡に対する承諾の拒否に理由があるか否かを判断する。

右二4・5の事実によれば、本件譲渡がパンを販売している既存の組合員に影響を与えることは否定できない。しかしながら、新規の加入が既存の組合員の販売活動に影響を与えることだけから、ただちに持分の譲渡に対する承諾を拒むことのできる正当な理由があるとはいえない。なぜなら、既得権保護のために組合への加入を拒むことは、明らかに加入自由の原則に反し、ひいては私的独占を禁じた私的独占禁止法の精神にも反するからである。これに加え、本件の場合は、被告自身、これまで他の組合員に影響を与える持分の譲渡を承諾してきており、本件譲渡も過去の譲渡が承諾された事例と大差がないのであって、右事例との対比からいっても、本件の譲渡の拒否を正当化することはできない。

また、被告が主張する本件市場内の営業品目の適正な配分と各店舗の適正な配置の必要という点は、自由な加入・譲渡を認めた後に、組合員間で調整すべき事柄であり、右必要も本件の譲渡に対する承諾を拒む正当な理由となるものではない。

よって、本件譲渡についての承諾を求める原告の請求は理由がある。

(裁判長裁判官 笠井勝彦 裁判官 飯島健太郎 裁判官 小堀 悟)

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